年金受給60歳と75歳どっちがお得?

繰下げ受給(66歳〜75歳)の意外な落とし穴

「年金が最大84%も増えるなら繰り下げた方がいい」と考えがちですが、実は見落としやすい落とし穴があります。それが税金と社会保険料の増加です。

増額しても手取りは思ったほど増えない

年金が増えると、所得税・住民税、国民健康保険料、介護保険料などの負担も増えます。日本の所得税は累進課税のため、収入が増えるほど税率も上がります。

繰下げ 年金増加率 負担額増加率 実質手取り増加率
70歳まで 142% 223% 約35%
75歳まで 184% 337% 約32%

70歳まで繰り下げると年金は42%増えますが、税金・社会保険料の負担は2倍以上に。結果として、手取りベースでは35%程度の増加にとどまります。「84%増」という数字だけを見て判断すると、思わぬギャップを感じることになります。

医療費・介護費の自己負担割合が上がる

年金収入が増えると、医療機関での自己負担割合にも影響します。

区分 自己負担割合 年金収入の目安(単身)
一般 1割 〜約200万円
一定以上所得者 2割 約200万円〜383万円
現役並み所得者 3割 383万円〜

例えば、夫婦2人世帯で年金年収が260万円の場合、通常は1割負担です。しかし68歳まで繰り下げて年収が325万円になると、2割負担に上がります。医療費の負担が2倍になるのです。

介護保険も同様で、年金+その他の合計所得が単身340万円以上、夫婦で463万円以上になると3割負担となります。

高額療養費の上限額も上がる

「高額療養費制度」は、月ごとの医療費自己負担が一定額を超えた場合に払い戻しを受けられる制度です。しかし、所得が増えるとこの上限額も高くなります。大きな病気をしたときの負担が増える可能性があるのです。

住民税非課税世帯のメリットを失う

住民税非課税世帯に該当すると、介護保険料が大幅に安くなり、医療費の自己負担上限も下がります。繰下げ受給で年金が増えた結果、非課税世帯から外れてしまうと、これらのメリットを失うことになります。年金額がもともと少ない人は、繰り下げても非課税範囲に収まるため有利ですが、そうでない人は注意が必要です。

繰下げ受給が向いている人

  • 65歳以降も十分な収入や貯蓄がある人
  • 年金額がもともと少なく、繰り下げても非課税範囲に収まる人
  • 家系的に長生きの人(両親や祖父母が90歳以上など)
  • 「長生きリスク」に備えたい人

年金以外で老後に備える方法5選

年金の受給開始年齢を選ぶだけでなく、年金以外の資産形成も重要です。人生100年時代、公的年金だけでは不足する可能性があります。夫婦で95歳まで生きた場合、公的年金以外に約2,000万円が必要という試算もあります。

1. 新NISA:非課税で資産形成

2024年から始まった新NISAは、投資の利益が非課税になる制度です。

年間投資枠 360万円(つみたて120万円+成長投資240万円)
非課税保有限度額 1,800万円
非課税期間 無期限

運用益や配当金が非課税になるため、長期投資で大きなメリットがあります。

2. iDeCo:3段階の税制優遇

iDeCo(個人型確定拠出年金)は、掛金が全額所得控除、運用益が非課税、受取時も控除対象という3段階の税制メリットがあります。ただし、原則60歳まで引き出せない点に注意が必要です。

3. 投資信託:少額から分散投資

100円から始められる投資信託は、プロが運用を代行してくれます。インデックスファンドなら低コストで世界中の株式に分散投資できます。

4. 個人年金保険:確実に積み立て

保険会社の個人年金保険は、契約時に決めた年齢から年金を受け取れます。個人年金保険料控除(年間最大4万円)の対象にもなります。

5. 財形貯蓄:給与天引きで確実に

勤務先に財形制度があれば、給与天引きで確実に貯められます。財形年金と財形住宅を合わせて元利合計550万円まで利子が非課税です。

資産形成の3原則

どの方法を選ぶにしても、「長期・分散・積立」が基本です。15年以上の長期投資では元本割れリスクが大幅に低下するというデータもあります。

まとめ:「何歳まで生きるか」は誰にもわからない

年金受給を60歳に繰り上げるか、75歳に繰り下げるか——この問いに対する「正解」は、実は存在しません。なぜなら、自分が何歳まで生きるかは誰にもわからないからです。

ただし、判断材料はあります。

ポイント 繰上げ有利 繰下げ有利
健康状態 持病あり・不安あり 健康・長生き家系
60〜65歳の収入 少ない・不安定 十分にある
貯蓄 少なめ 十分にある
年金額 多い(税負担増のリスク) 少ない(非課税範囲で収まる)
価値観 「今を楽しみたい」 「将来に備えたい」

まずは厚生労働省の「公的年金シミュレーター」で自分の年金額を試算してみましょう。繰上げ・繰下げした場合の金額も確認できます。そのうえで、自分の健康状態、家族構成、貯蓄状況、そして「どんな老後を送りたいか」という価値観を総合して判断することが大切です。

年金以外の備えも含めて、早いうちから老後の資金計画を立てておくことをお勧めします。

▶ 参考資料
・厚生労働省 老齢年金の繰下げ受給と繰上げ受給
・生命保険文化センター 老齢年金の繰上げ・繰下げ受給
・マネイロ 年金繰下げの損益分岐点
・日本経済新聞 年金繰り下げ受給の落とし穴
・厚生労働省 公的年金シミュレーター