退職金が入ると、「住宅ローンを一気に返してスッキリしたい」と考える人は少なくありません。毎月の返済がなくなる安心はたしかに大きい一方で、完済したあとに「手元資金が足りない」「思ったより生活が楽にならない」と感じるケースもあります。後悔が起きやすいのは、利息の損得だけで判断してしまい、退職後の家計の変化や手続き・税金の影響まで見落としやすいからです。

ここでは、退職金で一括返済して後悔しやすい理由を整理し、失敗を避けるための考え方を初心者向けにまとめます。

退職後は手元資金の安心感が一段上がる

退職後は収入の形が変わりやすく、現金を厚めに持つ価値が高まります。

現役の間は給与などの定期収入があるため、予想外の出費があっても立て直しやすい面があります。ところが退職後は、収入が年金中心になったり、働き方が変わったりして、毎月の見通しが立ちにくくなることがあります。そのタイミングで退職金を大きく動かしてしまうと、生活の安全域が狭くなり、家計が不安定になりやすくなります。

住まいの支出は完済しても続く

住宅ローンがなくなっても、住まいに関する支出が消えるわけではありません。

固定資産税のように保有しているだけで発生する支出や、設備の故障・経年劣化による修繕費など、家には定期・不定期の出費が続きます。ローン返済が消えた安心感だけで判断すると、「維持費の支払いは続くのに、使える現金が減った」という状態になりかねません。

困ったときに資金を作りにくくなる

一括返済は、いったん出したお金を同じ条件で戻せない点がリスクになります。

完済後に医療費や家族の介護などでまとまった資金が必要になった場合、再び借りるという選択肢はあります。ただし、年齢や収入状況などによっては、希望どおりに借りられるとは限りません。手元資金を残すことは、選択肢を残すことでもあります。

住宅ローン控除が残っていると完済でメリットが途切れる

住宅ローン控除の適用中に完済すると、控除額の土台になる年末残高がなくなるため、制度上のメリットがそこで止まります。

住宅ローン控除は、一定の要件を満たすことで、年末の住宅ローン残高等を基に控除額が計算される仕組みです。控除の期間が残っている状態で一括返済をすると、翌年以降は控除の対象となる残高がなくなるため、税負担が軽くなる余地もなくなります。

控除が残っているかどうか、いつまで適用されるかは人によって異なります。退職のタイミングと控除の残り期間が重なる場合は、一括返済を決める前に「控除がどの程度残っているか」を確認しておくと、想定外の後悔を減らせます。

完済後には抵当権抹消の手続きが必要になる

住宅ローン完済後は、抵当権の登記を抹消するための手続きが必要になります。

住宅ローンを借りると、通常は不動産に抵当権が設定されます。完済した場合、金融機関等から抵当権抹消に必要な書類を受け取り、法務局(登記所)へ登記申請を行う流れになります。書類は紛失・汚損しないよう保管し、できるだけ速やかに申請することが案内されています。

手続きの手間や費用も家計の一部として考える

手続きを自分で行う場合も、準備や確認に時間がかかることがあります。

司法書士へ依頼する場合は報酬などの費用が発生します。完済そのものは家計の大きな節目ですが、完済後に必要な段取りがあることを知らずにいると、「終わったと思ったのにやることが残っていた」と感じやすくなります。

退職金は税金の計算があり手取りが想定とズレることがある

退職金は「退職所得」として扱われ、控除や計算方法が定められているため、受け取り前に手取りの見込みを確認することが重要です。

退職金の一時金などは退職所得とされ、退職所得控除の考え方が示されています。さらに、同じ年に複数の退職手当等を受け取る場合などは取り扱いが変わることもあります。こうした仕組みを確認せずに「退職金の全額を返済に回す前提」で動くと、実際の手取りが想定より少なかった場合に、生活資金が不足しやすくなります。

税金の確認は「一括返済できるか」ではなく「返済後に残るか」で考える

重要なのは、完済できるかどうかよりも、完済したあとに生活を回せるだけの資金が残るかどうかです。

一括返済は戻せない支出になりやすいため、退職後の生活費、住まいの維持費、想定外の支出に備える資金を分けたうえで、返済に回す上限を決めておくほうが安全です。

後悔しにくい進め方は資金の順番を決めてから返す

退職金での一括返済を検討するときは、「先に残すお金」を決めてから、返済に回す金額を考えるのが後悔を減らします。

生活防衛資金を先に分ける

まずは、病気や収入減などの非常時に備える資金を別枠で確保します。

退職後は、家計の立て直しに時間がかかることがあります。生活費の数か月分を目安にする考え方もありますが、ここでは具体額を決め打ちせず、少なくとも「急な支出が来ても慌てない」水準を優先して残すことが現実的です。

控除の残り期間と完済のタイミングを照らす

住宅ローン控除の適用状況を確認し、完済のタイミングで損得が変わらないかをチェックします。

控除が残っているなら、完済を急がず、家計に無理がない範囲で段階的に判断する余地があります。控除が終わっているなら、利息と手元資金のバランスをよりシンプルに見やすくなります。

一括ではなく段階的に判断する選択肢を持つ

最初から全額を返すのではなく、家計の状況に合わせて判断を分ける方法もあります。

たとえば、一定額は手元に残し、残りで繰り上げ返済を検討する形です。返済による安心と、現金の安心の両方を残しやすくなります。退職後の生活が始まってから実際の支出が見えてくることも多いため、「退職直後に結論を出し切らない」ことが結果として後悔を減らす場合があります。

出典:国税庁(退職所得)国税庁(住宅借入金等特別控除)法務局(抵当権抹消手続の案内)